シマのブログ

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帝塚山古墳を訪れたが単なる小山にしか見えない!?【大阪市住吉区】

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百舌鳥古墳群世界遺産登録まであと一歩のところまで来ていることに一番驚いているのは間違いなく堺市民。北海道の時計台を越えるガッカリスポットになりそうな気がする・・・。

どーもこんにちは! シマ@taisukedouga)です!

堺市と富田林市の古墳群が世界遺産になるかもしれないが、古墳って実際に来てみると全然面白くないぞ。高槻市にある今城塚古墳とかは古墳の内部に入ることができるから結構面白いが、中に入れないタイプの古墳はマジで暇。

横から見てはただの山です。古墳群はヘリコプターから見るか、もしくはグーグルマップでみるのが一番面白い。

そして今回はその暇な古墳のひとつである帝塚山古墳に訪れてみました。大阪市住吉区の閑静な高級住宅街のど真ん中にある小さなものですが、これは立入禁止なのでとってもツマラナイです。

よっぽどの古墳マニアしか来ないであろう帝塚山古墳をご覧ください。

 

 

帝塚山古墳のある景色

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これが帝塚山古墳です。見ての通りたんなる小山にしか見えません。住宅街に中にあるので、ここに来るまでにけっこう道に迷いました。細い道ばかりなので車で訪れるのは遠慮したいところ。自転車で来て正解でした。

 

目を凝らしてみると、帝塚山古墳のテッペンには石碑がたってます。

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古墳って昔の豪族とか貴族のお墓らしいので、こんな山にしか見えないものでもかなり貴重な遺跡なのだろう。ここから勾玉(まがたま)とかがよく出てくるらしいぞ。

 

やはり古墳は空から見ないと迫力に欠ける。こういうときこそドローンの出番なのだが、こんな住宅街で飛ばすわけにはいかんし、そもそもドローンを持ってない。

・・・というわけで、特に何をするでもなく時間は過ぎていったのであった。

 

 

帝塚山古墳の歴史

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史跡 帝塚山古墳

帝塚山古墳の内部には入れないが、かわりにこのような看板がありました。とりあえず読んでいきます。

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 住吉村常磐会が所有している帝塚山古墳は、昭和88年国の史跡に指定され、大阪市内に残る数基の古墳のうち、前方後円墳の原型をとどめ、4世紀末から5世紀始めの築営と推定される貴重な古墳です。 当初の規模は全長120m、後円部の直径57m、高さ10m、前方部の幅50m、高さ8mであったと推定され、内部構造や副葬品などは不明ですが、二段築成の墳丘には円筒埴輪列や葺石、周壕の後も確認されています。

 被葬者は不明ですが、住吉に居宅があった代伴金村の墳墓とする説があり、他にも鷺住王(摂津名所図会)、地元では浦島太郎の墓とする伝承もあったようです。

 明治31年(1893年)11月に行われた陸軍特別大演習では、明治天皇帝塚山から御統監あらされたことを記念する天皇駐蹕碑(大正3年住吉村の建立)が墳丘上に建っています。

 当初には市内では珍しい「カンサイタンポポ」をはじめとする植生が見られます。

 住吉村常磐会はこの墳墓に境界柵を設け、古墳の清掃、管理を行っています。

 

 

・・・・・・と、上記のように記されています。じっさいは誰の墓なのかは不明らしいね。

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古墳内部の写真があった。家が囲まれた立地なので、あまり眺望はよろしくないね。

まあ不明な点が多い古墳なので、これからの研究に期待ですな。

 

帝塚山古墳』の地図

 グーグルマップ

※内部には入れませんので、ご注意ください。

https://goo.gl/maps/HRezDyZM2E12